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ダレル・ハラダ

生命の樹への帰還(パート6)


もうひとつの捉え方は、この世かあの世を選ぶ必要がないところでは、キリストが言ったように、「世にあって、世のものにならない」ようにすればいいのです。

釈迦が肉体を持ちながら悟りを開いて涅槃に至ったことや、キリストが、天の王国はすぐそばにあり、内にあると言ったことを考えてください。

至福の解脱状態を経験するのに、どこかへ出かける必要はありません。

取り組むべきは、適切な教育の質です。生命の樹がどうなったか、聖書にはなにも書かれていません。興味深いことではないでしょうか。

エデンの園には両方の樹が存在していたのに、人間が知恵の樹を食べたら、生命の樹に関しては、もうなにも書かれなくなったのです。

生命の樹はまだエデンの園にあるのではないかと、私は考えています。

想像してみてください。

エデンの園は涅槃のようなもので、どこか特定の場所や天国ではなく、自分の中や周囲にあるものだと想像してみてください。

天国が自分の中にも周囲にも存在できるのと同じように、今この瞬間、生命の樹とその影響も、すぐそばにあります。

仏性と天国はすでにあなたの一部であり、あなたは善と悪という知識のほうへ向かうように教育されただけだと考えてみてください。

だとすれば、あなたは生命のほうへと、自分を教育し直せばいいだけです。 (つづく)

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